行程 : 名古屋ー新潟ー裏磐梯ー仙台ー松島ー仙台ー蔵王ー小国ー新潟ー野沢温泉ー長野ー名古屋 (太字は宿泊地) 仙台でプライベートの会合があり、10年生の愛車と共に道草をしながら行ってきました。 仙台へのルートは、空路、新幹線、車がありますが、のんびり道中を楽しみながら旅が出来るマイカーでの一人旅を選択しました。日本は狭い国ですが、59歳にして、まだ行ったことのない所も沢山あり、少しでも多くの日本を見てみたいという思いから車にしました。ルートも東海道から東京経由で仙台という行き方もありますが、混雑する東京周辺を避け、長野、新潟から郡山へ抜け仙台を目指すルートを選びました。
●1日目 名古屋から新潟ヘ 名古屋から新潟へはこれまでにも何度か行ったことがあるので、淡々と距離を消化するのみの行程です。距離は500km以上もあるので、無理は禁物です。休憩を多<とり、時々高速を降りて道草もし、法定速度を守って安全運転です。 東名春日井JCTからの中央道は、カープの連続です。恵那山トンネルを抜け、飯田あたりから平坦でまっすぐな道が延々と続きます。 岡谷を過ぎ、塩尻あたりからの高速道は、四方を山に囲まれた松本盆地を貫き、左前方に北アルプスの蜂々が望まれます。
やがてトンネルに入ると暫らくカープとアッブダウンの連続がはじまりました。銕捨SAでしばし小休。 このSAでは苦い思い出が蘇えります。 何年か前、志賀高原へ向かっていた1月の中旬のことでした。
朝からの雨が中津川あたりで雪になりました。恵那から先は湿った雪が猛烈に降っていました。 雪の少ないわだちをノロノロ運転。岡谷あたりで乾いた雪になり、やっと走れるようになってたどり着いたのがこの銕捨SAでしたが、吹雪で前が良く分からず、30cmの雪の中に乗り入れてしまい、休憩後雪かきをする羽目になりました。 1.5時間ほど時間を無駄にし、遅れに遅れて吹雪の中、志賀高原には午後7時頃の到着でした。この時は生きた心地がしなかったですね。宿の主人には「よくこんな吹雪の夜に、これたね−ッ」と驚かれてしまいました。その日は何年ぶりかの大雪で、関東方面からの電車は運休、高速道路は通行止めだったそうです。 そんなことを思い出しながら銕捨SAをスタート。山間道を過ぎ、平地に出ると左遠方に長野の町が見えてきます。やがて道路は、上信越高原の山々を巡りながら高度を上げていきます。
野尻湖に近い信濃町ICで降りて、寄り道です。野尻湖湖畔を通ってタングラムスキー場に向かいました。数日前インターネットで、北海道産のイングリュシュ・ラベンダーが咲き始めたとの情報がでていたので、見てみたくなり寄り道をしました。周りの緑に溶け込んで目立ちませんでしたが、ゲレンデ一面に咲いていたのは、紛れもなくラベンダーでした。見学者もちらほら。入場料はしっかり取られてしまいましたが、満足の寄り道でした。 高速道路に戻り北陸道を新潟へ・・。北陸自動車道は交通量も少なく、カープもアップダウンもない道路でした。片道一車線の高速道路に慣れた目には、かなり広くゆったりと見えます。 上越あたりより暫らくの間、左側の山の切れ目から、日本海が眩しく光っていました。柏崎を過ぎたあたりからは、道の両側に田圃が広がり、越後平野に入ったことが分かりました。この起伏のない道を淡々と行けば新潟はもうすぐです。 市内に入る前に黒崎PAで小休止しました。 新潟駅近くの宿には17:00ごろ到着。夕食を食べようと街に出ました。
蒸し暑い梅雨時でしたが、夜の新潟は川風が吹き爽やかでした。食後、信濃川沿いの公園を散策しました。ライトアップされ、光が川面に映って揺らめき、一人でいるのが、もったいない感じです。ライトアップの光に誘われて、万代橋を渡って見たくなり、対岸まで足を伸ばしました。 もう何年も前。新潟地震では、この橋も落ち、街のあちこちのビルは傾き砂が吹き出し、建設中の建物は沈み、そして地中の大きな浄化槽が地上に浮き上がり、見るも無残な、街の様子が浮かんできます。若き頃、震災後間もなく、東京から調査に赴いた当時を、思い出しながら歩いていました。今の街には、そんな欠けらも残っていません。目の前の信濃川は、悠々と流れていました。 ●2日目 新潟から仙台へ、そして会食・カラオケ大会 常磐自動車道を仙台に向かいました。この道は片側1車線で、阿賀野川の上流を目指す感じの常磐道です。途中には猪苗代湖や会津磐梯山を縫って東北自動車道につながっています。
猪苗代磐梯ICを降り、五色沼、桧原湖をめぐり、常磐道には戻らずに、一般道を福島に抜ける予定でした。 五色沼は部分部分で五色に見えなくはありませんが、ほとんどブルーの色で、引き込まれそうな綺麗な水でした。神奈川から来たと言う中学生の大団体とバッティンしてしまい。しばらく待って証拠写真を撮りました。 檜原湖は、五色沼からは近く、満々と水を湛えていました。
昼食は湖を眺めながら、山菜きのこ蕎麦を食べ小休止。その後、ガスの噴出する浄土平を見学し、”危険”の看板のある硫黄の強い臭いのする道路を通り、山間の国道を福島に向かいました。市内の外れの福島西ICから東北自動車道に入り、目的地仙台へ。 夜は市内で会食でした。みんなとは1年振りの再会。幹事は仙台に住むTさん。いつものように食事の後は、ほろ酔い気分でカラオケ大会。マイクを持ったら離さないI君は欠席で、久し振りに公平なカラオケ大会となりました。 ●3日日定期観光パスで塩釜神社、松島、瑞巌寺を観光 仙台駅前を、定期観光バス9:15発のAルートで出発。塩釜神社は、塩釜市の海辺の近くの小高い丘の上に建っていました。この神社は、平安時代初期に祭られたそうで、社殿には左右に拝殿があり、左宮に武甕槌神(たけみかづちのかみ)、右宮に経津主神(ふつぬしのかみ)が祀られていました。
全国にある塩釜神社の総本山です。正確には鹽竈(しおがま)神社と書きます。境内にある鹽竈(しおがま)桜は珍らしい桜の木で、ハ重咲きの花の中心に、三枚の細い小葉が混じることで珍重され、シンボルになっています。この花の鹽竈桜メダルと、お札を入手しました。 松島の島巡りは、塩釜港からの観光船でした。松島湾は、外海から隔てられ、波静かで梅雨の小雨に煙っていました。海上に突き出た島や岩は奇妙でユーモラスなものが多く、それぞれに名前が付けられてていました。大小260余りの松の小島や岩は、古くから安芸の宮島、丹後の天の橋立と並び”日本三景"に数えられています。遊覧船の終点は、瑞巌寺にほど近い桟橋でした。その傍の食事処で海鮮料理の昼食たべ、土産物を物色。 みんなが揃ったところで、最後の見学地瑞巌寺に詣でました。歩いて約10分で本堂に到着。この寺は天長5年(828年)慈覚大師円仁により創建されたそうですが、正確な記録はないようです。 伽藍は江戸時代の初め(1604年)伊達改宗が、熊野の桧、杉、棒の良材を使い、京都・根来の名工を集め、5年がかりで建立したそうです。さて、今回の会も無事に終わりました。仙台駅前で、来年の再会を誓って別れました。 ●4日目仙台から新潟
翌日は、みんなと別れ蔵王をドライブしました。
冬はスキーで何度か来ていましたが、夏山の姿は初めてでした。こまくさ平で可憐なコマクサと再会し感激。乗鞍岳以来でした。山は天気もよくお釜もはっきりと見え、雄大な姿を目に焼き付けて、蔵王を後にしました。急ぐことのない復路は、山形県南陽市から国道113号線、7号線でのんびりと新潟へ。 ●5日目新潟から名古屋 最終日は堀之内町まで高遠道を使い、国道117号を十日町市から野沢温泉に抜けました。実は、松の山町の風景を見たいと思っていましたが、暑さと疲れで戦意を失い素通りしました。上信越自動車道の豊田飯山ICに入って帰路につきました。自宅着は17:15でした。 関連HP 鹽竈神社http://www.shiogamajinja.jp/ 八事・塩竈神社http://www.siogamajinja.or.jp/
旅のアルバム 仙台松島
060325/060625改