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旅のアルバム 三重紀和 丸山千枚田 ’04/09
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行程 : 名古屋ー伊勢ー熊野ー新宮ー丸山千枚田ー潮岬ー白浜ー和歌山ー高野山ー奈良ー名古屋 (太字は宿泊地)   走行距離 913km


● 1日目

 04年秋、まもなく稲刈りを迎える三重県紀和町の丸山千枚田(棚田)を見に行った。丸山千枚田は、以前から行ってみたいと思っていたが、三重県の端にあり、なかなか足を向けるチャンスがなかった。
 この9月、近くに行く用ができ、この機会にと思い一路南へ向かった。伊勢自動車道の勢和多気ICから国道42号線を紀伊長島、尾鷲、新宮へ。新宮で宿をとり、明日に備える。

丸山千枚田 山上展望台から


 2日目

 翌朝、国道311線を瀞峡方面へ向かう。
 新宮から20分ほど走ると、やがて山あいの道から、森の中の登り道になる。「風伝峠」と言う


崖っぷちの展望台

美しく歴史のありそうな名前のトンネルを抜け、さらに森のなかの細い道路をしばらく走ると、左手下に突然視界が開け、黄金に輝く千枚田が


現れた。雨の朝で、もやっていて天気は悪いが、素晴らしい眺めである。
 道路は舗装されていてガードレールはあるが、崖っぷちですれ違いがやっとの道路である。暫らく様子を伺って、車を降り、早速カメラのシャッターを切る。
 ここがどうやら雑誌によくでてくる撮影ポイントのようでもあるが、見た写真のアングルとは少し違うことに気が付く。どうやらこの上に展望台があるようだ。
県道からの千枚田

 ここから暫らく進むと登山道を発見。近くで駐車できそうな場所を探すが、なかなか見つからない。かなり行き過ぎた空き地に駐車し、ディパックにカメラと雨具を詰め込み山道を軽登山のはずだったが・・。


 さすが熊野古道の一部だけあって、野石の段が延々と続く。雨で苔むした石段は滑りやすく、足をとられる。急ぐこともないが、気が焦ってつい早足になり、鼓動が早まり汗が吹き出してくる。
 
 普段から鍛えていない身体には、かなり厳しい登りである。登り口に杖が何本か置いてあったが、たかが15分程度の歩きにはいらないと思い杖なしで歩く、暫らく登ると、やっぱり杖は必要だったと、後悔する。
千枚田近景

 案内看板に書いてあった時間の3倍でやっと展望台に到着。誰もいない。貸切である。しかし、2、3人で一杯になりそうな、断崖絶壁の場所は

 
眺望抜群でも、あまりいい気持ちにはなれない。
 この頃、各所で熊騒動もあり、いやな想像が頭をよぎる。携帯で自宅に様子を報告し、早めに下山する。下山時間は標準時間よりかなり早かった。  雑誌やTVで見る中国や東南アジアの見渡す限りの棚田には及ばないが、丸山地区は日本で最大級の棚田が残る場所であり、ここの千枚田は特に素晴らしい眺めであった。
水車小屋


 「日本の棚田・百選」青柳健二著を見るかぎり日本一ではないかとと思われる。
 
 この本の書き出しは、丸山地区は、三重県南部の紀和町、白倉山(736m)の山麓に位置し、標高110〜290mの斜面に100段ちかくの棚田が開かれている。 最盛期の1600年には、2200枚を数えたが、その

 
後衰退し、600枚以下に落ち込んだが、今では1340枚まで復田された。 
 道ばたで草刈をしていた農家のおじさんの話では、9月23、24日がオーナーの田の稲刈りだそうで、お祭りのような賑わいになるそうである。
 
 千枚田の展示館に寄り、千枚田で採れた米の販売はやっているか聞いたが、新米はまだで、去年の米は直ぐに売り切れたそうである。

 展示館の壁に架かっていた、水を張った千枚田の大写真は印象深く素晴らしかった。今度は田植えの終わった直後に、訪れたいものである。 丸山千枚田を後に、潮岬に向かう。

整然と並ぶ橋杭岩

 海岸線に出ると塩の匂いがする。橋杭岩のドライブインで小休止する。風もなく凪いだ水面に橋の脚のような岩が一列



潮岬灯台

に並ぶ姿は、まさしく名前のとうりの姿で、自然の成せる技で素晴らしい眺めである。


 本州の最南端潮岬は、ヤシやソテツが植えられ南国の雰囲気で、切り立った海岸線は荒々しい。
 台風時の予報で何度も耳にする潮岬の名は誰でも知っている地名だ。灯台を見学し、白浜を目指す。潮岬からの国道42号線は、荒々しいリアス式の海岸に沿って走る快適な道路である。景色も素晴らしい。
 白浜は関西の奥座敷と言ったところで、ホテルや旅館が林立する温泉地。田辺市を抜け出たあたりで、阪和自動車道に乗る。海辺を通る国道とは趣が違い、いくつものトンネルを抜け、山間を真直ぐに走る。海が見えない。

白浜円月島

 山の中腹はどこを見ても、みかんの段々畑で壮観である。

荒々しい岩の海岸

 夕闇せまる頃、和歌山に到着。初めての街で、夜では全く方向がわからず、「ままよ!」と駅方面に向かい宿を探す。駅のはずれで案内所を見つけ、頼み込んで近くの安宿を紹介してもらい落ち着いた。が、タバコ吸いの私も驚くヤニのにおいのする宿だった。


 丸山千枚田 関連サイト まち、むら 69号


● 3日目

 有名な42号線と別れ、前後の数字を入れ替えた国道24線を、こんどは紀ノ川沿いに東に向かう。
 途中、道の駅「紀の国万葉の里」で遅い朝飯をとり、9:30出発。ここから国道480号線を南下する。道は狭くすれ違いがやっとの登りの山道で、時々、大型バスが突然現れびっくりする。忙しくハンドルを切ること90分。11:00頃憧れの高野山に登りつめた。

金剛峯寺正門

初めての高野山に足を踏み入れ、少し興奮気味である。
  
 高野山は弘法大師(空海上人)が816年(弘仁7年)真言密教の道場として、また国の平和を祈願、人民に安らかな生活への道を伝えることなどを、目的とされ開創された。高野山の海抜は約900mで、周りは1000m級の峰々で囲まれた盆地である。

高野山の町並み

 金剛峰寺(こんごうぶじ)の前の駐車場が空くのを待ち駐車。金剛峰寺にお参りする。


 金剛峰寺は、豊臣秀吉が亡母の菩提のため建立し、1863年(文久三年)再建されたお寺が現存している。 お参りを終え、別殿でお茶と茶菓子をいただき小休止。

金剛峯寺本殿

 大きく開かれてた手洗いの窓から、何気なく外を眺めると、大木が何本もそびえていた。
 杉の木のように見えたその木々は、注意深く見ると、木の葉の様子から高野槙(こうやまき)と判明。


高野まき

 小さな高野槙は町の植木屋さんでも見かけるが、杉や桧と同じ位に大木になっている姿には大感激だった。

 帰りにお札を買う。無宗教の私であるが、最近、お寺や神社にお参りすることが多くなったし、お札を買う事が増えたようで、歳を感じるこの頃である。
 そういえば、家の仏壇や神棚は、あちこちのお札で一杯になっている。 
 
 金剛峰寺から車で、数分の距離で奥の院へ到着する。 道端のパーキングスペースに駐車し、空を見上げると雲行きが怪しい。


 傘を持ち奥の院を目指す。金剛峰寺より参拝者が多い。

橋の向こうは奥院拝殿

 うっそうと茂る高野槙や杉の林の中に墓標が立ち、独特の雰囲気の参道である。どちらかと言うと民間人のお墓への参拝者が多いのかも知れない。歩くこと10分ほどで奥の院である。かなり賑わっていた。


 ここでも高野槙に感心させられた。それは、参道に並ぶお墓に供えられた花のほぼ全てが、高野槙であったことだ。一般的にはシキビが多いが、こんな眺めは初めてで、さすがに高野槙の高野山であることを実感した。その直後、雷と共に豪雨になり、車まで走って避難すれど、ビショビショとなってしまった。

奥院水向地蔵

 帰りは、登りとは別の国道370号を選んだが、こちらも大型バスが多く、バス同士のすれ違いにかなり待たされ渋滞していた。
 奈良からは名阪道にのり、一路名古屋へ向かった。

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